祇園祭の用語 〜祇園祭や歴史を学ぶ人のために〜
◆江戸時代の町内会の規則とは?
平成19年5月22日
江戸時代、山鉾町をはじめ京都市中心部の町内は、一種の行政権を持っていました。そして、町内会にはそれぞれが規則(町式目・町定など)を定めていました。たとえば、会議に無断で休むと罰金を求める・・・などです。現在の山鉾町でも山鉾巡行でお供(おとも)に出ない家には不勤料(罰金)を求める保存会もあると聞いています。
詳しくは書籍「叢書(そうしょ) 京都の史料3 京都町式目集成」(発行 京都市歴史資料館)を参照して下さい。
京都市歴史資料館で購入することが出来ます。
◆町衆(まちしゅう)
平成19年5月9日
このことばを初めて用いたのは林屋辰三郎氏(当時・京大教授)です。ただ、深い意味はなさそうです。
以前、祇園祭山鉾連合会の深見茂理事長から、こんな話を聞いたことを思い出します。
深見氏が滋賀県立大学で教鞭をとっていたときに、同僚の村井康彦氏(現京都市美術館長・林屋辰三郎氏のいわば弟子にあたる)に「町衆(まちしゅう)という読み方の典拠(てんきょ)はあるのか?」と聞いたところ、「そんなものはない」と答えたそうです。そのとき村井氏は(新しい読み方が流布しはじめる事情について)「声の大きいヤツが勝つ」とも言ったそうです。
◆家持ち(かもち)
平成19年5月9日
自分の住む家を持っている、すなわち借家住まいではない人のことをいいます。厳密に言うと、家だけではなく、土地も所有している人のことです。
家持ちは、明治31年(1898年)までは、いわば都市貴族のような存在で、祇園祭で山鉾を出す町内では、家持ちにより組織される町内会は一定の行政権を持っていました。
白楽天山の場合、戦前(昭和20年)までは、巡行にお供(おとも・裃を着て巡行に同行すること)できるのは家持ちに限られていました。
◆町家(ちょういえ・まちや)
平成19年5月9日
町家(ちょういえ)とは山鉾町では、町内の共有財産としての不動産で、山鉾の収蔵庫であり、集会所でもありました。
近年、「町家」と書いて「まちや」と読むことが多くなりました。「まちや」は単に「古い家」を意味するだけで「ちょういえ」とは意味が異なります。
◆休み山(やすみやま)
平成19年5月9日
松田元(まつだ げん)氏が昭和52年(1977年)に自らの著書「祇園祭細見」で初めて使いました。それまでは焼け山(やけやま)と言われていました。